理論的な面からも民事信託(家族信託)は危ういと思う
     東北大学法学研究科の公開講座「民法改正の諸問題」の最終回、水野紀子教授ご担当の「日本相続法の特徴と相続法改正」が14日に開催されます。
     その予習の参考論文を読んでいたところ、その中に民事信託についての鋭い指摘があり、膝を打ちました。

    「そして被相続人がさらに自由に設計できることを求めて、相続法との関係整理が不十分なまま、2006(平成18)年に新信託法が立法された。」 (水野紀子「相続法の分析と構築-企画の趣旨」 法律時報2017年10月号89巻11号通巻1117号7-11頁(2017年9月))

     やっぱり、そうですよねー。

     一度でも民事信託(家族信託)の契約書を起案した方ならお分かりになると思いますが、委託者の死後に信託財産をどうするのかを制度設計する必要があります。その際、特定の者が財産の大半を取得する場合、遺留分との関係はどうなるのか、などの問題に直面します。

     この点、従来の相続法の遺留分制度と新しい民事信託とが衝突する場面でどっちが勝つか、もし遺留分減殺請求権を行使できるなら相手は誰で対象となる財産は何かなど諸々の点は、法律上明らかではありません。

     信託でも遺留分を侵害することはできないことがたぶん立法者意思で通説のはずですが、新信託法施行後も一部では遺留分をクリアできるとの見解が主張されていることもあり、新しい法律なので裁判例もまだ見当たらず、「たぶん遺留分は侵害できないと思うけど、裁判になったらどうなるか分からんよ」という状況が続いてきました。
     後日遺留分請求を受け目的が台無しになるかもしれない信託の設計など、私としては正直手を出すのも怖ろしいのですが、民事信託(家族信託)を売りに相続セミナーを開催していらっしゃる方々はどれだけの知見と覚悟がおありなんだろうと、外野から疑問に思っているところです。
     「民事信託ならこんなことができます。おまかせください」、という表層的な説明のみならず、信託の設計にあたっての現実問題を理解し、十分なリスク説明も含めて民事信託を勧めているのかどうか。私自身もまだまだ勉強不足であることは自覚しており、大変おこがましい意見かもしれませんが…

     あるいは、信託契約の設計にあたって、「後日、訴訟の結果により本信託契約の目的が実現できなくなっても、契約書作成者は一切の責任を負わない」という一筆を取っていたりするんでしょうか。後は野となれ山となれ?

    民事信託は救世主にはならない
     11月4日(日)、宮城県建設会館で行われた民事信託の研修会に参加してきました。

     (一社)民事信託推進センターと(一社)民事信託士協会の共催によるもので、「民事信託士」という資格の登録更新のための指定研修を兼ねていたそうです。
     私自身は同資格を有しているわけではないのですが(もう有象無象の相続関係の民間資格はコリゴリです。いくつ取ろうが何の役にも立たない)、相続関係のご相談を受ける際に「『民事信託』・『家族信託』って制度があるそうじゃないか、使えないの?」と聞かれることもあり、正確にお答えするために勉強を続けているところです。
     今年になってからは信託監督人を1件引き受けたこともあり、より集中的に勉強するようになりました。

     ただ、民事信託は言われているほど素晴らしい制度なのか? 素晴らしいとしても、ハッキリ言って広まらないのでは? と私としては懐疑的な目を向けてしまいます。
     
     一般的には、遺言や任意代理・任意後見など従来の制度では実現できなかった後継ぎ相続、財産管理・処分、さらには節税策などのメリットがあると説明されています。弁護士の業界も司法書士業界に遅れを取りながらも、日弁連信託センターを立ち上げ、普及用のリーフレットを作成したようです(今日現在、日弁連の会員専用ページ内で確認。なぜ一般向けページに置かないのか)。

     しかし、私としては以下の点をクリアできない限り、民事信託は普及することなく、また法律の専門家サイドのビジネス・業務として確立し難いのではないかと思っています。
     
    問題点(1)入り口の費用が高くなること。
     民事信託は、税金の問題とは切っても切れない関係があり、税理士の助言が必要になる場面が表れてきます。そして不動産があれば信託登記の点も問題となり、複雑な信託契約の内容をチェックするには弁護士が関わることになると思います。
     つまり、一つの民事信託を構成するためには、複数の士業の分野を横断的に検討する必要があるため、どの士業であろうと、ひとりだけで作れるものではないと考えます。
     複数の専門家による検討を経るのであれば、単なる契約書作成とは異なり、相応の費用をご負担いただくことになるだろうと思われます。

     ちなみに昨日の研修会の最後に、『新しい家族信託』などの著者である遠藤英嗣弁護士が紹介していたのですが、司法書士が作成した民事信託が公序良俗違反で無効になった判例があるとのことです(どうも公刊物未搭載らしい。「闇に葬られている」との表現が印象的でした)。
     私自身も、民事信託に関する本は4,5冊程度読んでいますが、「この条項はマズいだろ」と思われるサンプル契約書も確かに見かけたところです。民事信託は「コピペ」だけで何とかなるものではない、非常に高度な業務だと思います。
     ですので、はやりに乗った感じで「民事信託をやります」とサイトで堂々うたっている方を見ると、「お、おう」とつぶやいてしまいます。ならばこちらは、欠陥住宅ならぬ欠陥信託を争うことを業務としようかな・・・

    問題点(2)委託者が高齢の場合などで、意思能力や錯誤の問題が生じうること。
     つまり、「こんな複雑な遺言、ボケ始めていた爺さんが理解できたハズがない。書かされた遺言だ!」という「遺言能力の有無」の争いと同様の問題などが生じるのではないか。
     民事信託は枠組みがなかなか難しいものですから、「財産を託した人は本当に理解して契約したんですか? 契約書だけ用意してハンコをつかせたんじゃないですか?」という争いがかなりの数で生じるのではないかが懸念されます。
     対策として、民事信託に関する理解度をどのように証拠化しておくか。長谷川式スケールや医師の診断書だけで、複雑な契約を理解していた証拠になるのか。どうなんでしょうね。
    (余談ですが、意思能力は改正民法では3条の2で明文化されます)

    問題点(3)節税策は、国が法改正などで必ず抜け道を防ぐ対抗策を取ってくること。
     ある民事信託の方法が節税になるとして提案され、実行に移した。ところが数年後に法改正がされ、予定どおりに節税できなくなったら。思わぬ重税で信託財産で賄えなくなったら。「こんなことなら、高い費用を払って民事信託なんかせずに、遺言や生前贈与で対処していれば十分だった」という例が出てこないか。
     ある知り合いの相続コンサルタントは、事後的に節税の抜け道が塞がれることを「国による後出しジャンケン」に例えており、うまいことを言うものだと感心しました。
     節税を前面に打ち出して民事信託を勧めると、このようなリスクもあるかもしれません。

     この日の研修会は実に充実した内容だったのですが、勉強すればするほど上記の疑問点が膨らみ、民事信託をビジネスとして確立するのは難しいという心証が固まってきたところです。

     民事信託の普及には司法書士業界の取り組みが進んでおり、この研修では司法書士が中心となって信託会社を設立しようという計画まで紹介されていました。
     これのどこにニーズがあるかというと、民事信託の受託者を「業として」引き受けるには信託会社としての登録が必要であり、弁護士や司法書士は「受託者」を何件も引き受けることはまずできません。1件でも「反復継続」と見られたらアウトです(民事信託の普及を阻害する問題点(4))。
     そこで、家族・知人などに受託者候補がいない場合は民事信託を見送らざるを得ないケースもあるのですが、そこを司法書士が作る信託会社がカバーして受託者になろうというものです。
     実際の受託者としての業務は、この信託会社に雇用された民事信託士が行うようです。そうなると今後の民事信託関係の仕事は、信託会社に囲い込まれるようになるのかな、と。

     こうなるとたとえ民事信託が思惑通り普及しても、部外者にはお声がけの機会はなさそうです。
     ただ、そもそも普及しないと思うんですけどね。人はよく分からないものに手を出さないものですから。

    倫理研修(刑事事件編)
     年末で、いろいろな資料を断捨離しています。
     先月の倫理研修でいただいた資料も、力作ですがたぶん読み返すことはないので処分。

     そこで処分前に、刑事事件編の問題も皆さんの参考になるかと思い、備忘も兼ねて書いておくことにします。
     このブログを見に来た方も、ひょっとしたらいつか依頼する側になるかもしれないですし。

    【設問】
     A弁護士は、詐欺グループ10数名が逮捕された事案の被疑者の1人であるBの当番弁護士として、接見を行った。Bは金がないので私選弁護は依頼できないが、Aに頼みたいと申し入れた。そこでA弁護士は、裁判所に対し国選弁護人として選任するよう求め、選任された。
     その後、A弁護士はBの親族と面談し、国選弁護人制度の説明・報酬の支払われ方を一通りした際に、Bの親族から「そんな金額では、先生にきちんと活動してもらえないでしょう。必要な金額を言ってください。自分がお金を払うから私選弁護人になってください。」との申し入れを受けた。
     A弁護士は、どのように対処すべきか。 また、上記Bの発言が、現状逮捕されていない詐欺グループのリーダーと疑われる人物Cからのものであった場合はどうか。  (簡略化して改題)

     まず、一般の方があまり知らないであろう話ですが、この問題のバックグランドとして、
       ・国選弁護の報酬額の定めが、私選弁護の一般的な基準よりかなり低く定められており、割に合わないこと(赤字覚悟)
       ・国選であれ私選であれ、最善の弁護活動をする努力義務があること(職務基本規程46条)
       ・いったん国選弁護人になった弁護士からは、私選弁護に切り替えるよう求めることができないこと(職務基本規程49条1項)
    を踏まえる必要があります。
     
     そこで、「私選弁護人になってください」という申し出は、弁護士にとっては「正規料金」、「定価」を払ってくれることを意味するものである一方、ホイホイ飛びつくと危険なこともあるので、そこに気をつけましょうというのが出題の趣旨なんですね。
     
     この設問ですと、落とし穴の1つ目が、前記の「私選切替え働きかけの禁止」規定。露骨な働きかけのみならず、私選の方が「よく働いてくれそう」をしそうと思わせるニュアンスの発言をすることも危ないとされています。
     よくある質問で、「国選と私選では違いますか?」と聞かれたりするのですが、私としては「どちらも最善を尽くす」という説明しかしません。余計な言葉を足すとまずい。
     ただ、もし私がえん罪などで捕まることがあったら、あの先生に私選で頼みたいと心に決めている人はいます。うちのボスには頼まない(笑)

     落とし穴2つ目、将来的な利益相反がありうること。
     「詐欺グループのリーダーと疑われる人物C」が金を出す私選弁護では、Cが将来逮捕されて、当初から受けている被疑者Aと食い違う主張をした場合、主張の異なる両者の弁護ができなくなるおそれがある。そこで、Cの私選弁護の申し出は安易に乗るべきではないと思われる。
     そもそも常識的に、あやしい人から金を出すよと言われて飲めるものじゃないですが…

     落とし穴3つ目、金を出す者の指図を必ずしも受けないことを説明すべき。
     被疑者本人のために最善の弁護活動をする以上、金を出した者(ここではC)の求める弁護方針が被疑者(ここではA)にとって最善ではない場合には、これに拘束されず弁護人が自由に弁護方針を決定することを予め説明すること。
     このような説明が、将来のいらぬトラブル防止のために必要とされます。「なんだ、金を出しているのは俺だぞ。Aに自分が全部やったと認めさせろ」みたいなことを言われないように。

     以上が、依頼を受ける弁護士側で気をつけないといけない主な点になります。

     
     数年に一度、このような倫理研修に必ず出席することがすべての弁護士に義務づけられています。
     参考になりましたでしょうか?

     弁護士というと、東京の某法律事務所の下品な漫画と情報弱者につけこんだ高額な料金設定などのせいで、ぼったくって犯罪をもみ消すようなイメージを広められていますが、大多数の弁護士は倫理規程を踏まえて適切な弁護活動をしていること、ハッキリ言って稼げる仕事ではないことをご理解いただければと思います。

     それにしても、刑事事件における弁護士倫理には本当に落とし穴だらけですね。度が過ぎる示談交渉をして懲戒された人もいましたし。

     なんとなくですが、最近若手弁護士を中心に「刑事弁護地雷観」が広まっているのではないかという印象を持っています。方針や依頼者等への対応などをちょっと間違えただけで懲戒請求されてしまうのではないかという恐怖感から、トラブルにならないよう余計な活動は何もせず、被疑者国選でそれなりに接見回数をこなしとけばいいや、という傾向があるんじゃないかと。
     杞憂だといいのですが。
     
    倫理研修
     きのうは弁護士会館の倫理研修に出席してきました。
     何をやるのかというと、具体的なシチュエーションを設定して、このような依頼を受けた場合どうすべきかという設問を考えるというものです。
     
     例えば民事事件ならこのような問題。昨日の問題を少し簡略化して紹介します。

     「弁護士Aは、学生時代の友人であるB(弁護士ではない)から十数年ぶりに連絡を受け、『詐欺被害に遭って困っている者がいるので紹介してもいいか。今後も同様の依頼をすることがあると思うのでよろしく』と頼まれた。
     Aが注意すべきことはないか。

     どうでしょう、分かりますか?

     「十数年ぶりに友人から連絡を受けたというのだから、ア●ウェイの商品を勧めてこないかとか、『今度の選挙で●●党に投票してくれ』とか、借金の申し込みに気をつける。」と思ったあなた、一般人の感覚では正解ですが、弁護士倫理の答えとしては不正解。

     正解は、Bが「今後も同様の依頼をすることがある」と述べているため、弁護士法で禁じられている「非弁行為」(報酬を得る目的で、法律行為を取り扱ったり弁護士の紹介をしたりすること)をしている可能性がある。そこで、Bがいわゆる「事件屋」ではないのか、その業務やBと紹介したい者の関係を確認すること。Bが非弁行為をしている疑いがあったら紹介を受けないこと。

     相談者や依頼者を紹介してもらうことは正直に言えばありがたいところですが、弁護士が紹介料を支払ったり、弁護士を紹介して金を受け取っている者との提携は、事件漁りにつながったり、弁護士の独立性を犯されるため絶対NGとされています。

     弁護士という職業への信頼性を確保するための規定ですが、他の職種の方とお話しさせていただくと「弁護士とともにビジネスをすることにはハードルが高い」という印象を与えてしまっているのではないか、という印象も受けます。
     なかなか他の業界の方に理解していただくのが難しいところですね。
    聴いていて肝を冷やす研修でした~「日弁連ライブ実務研修 『相続税法改正と重要論点の解説』」
     先ほどまで行われていた、日弁連ライブ実務研修『相続税法改正と重要論点の解説』を受講してきました(仙台会場へはビデオで生中継)。

     前半は今年1月以降の相続税制・贈与税制の改正点の解説で、それ自体は他の相続税セミナーや書籍で目にするものでした。ただし、ポイントを整理したレジュメの出来が秀逸で、これは手元に残そうと思います。
     また、平成23年税制改正の国税通則法の改正(税務調査手続)など、弁護士として知っておく改正点をあわせて説明されていたのはありがたいところ。

     そして研修の後半、重要論点の解説が聴いていて肝を冷やす内容でした。

     弁護士は税理士業務をできると言っても、税務に関しては及び腰の方が多数派だと思います。だからと言って不勉強なままで、当然要求されるレベルの助言ができていないと、賠償責任を負わされる可能性があることが強調されていました。
     
     たとえば、
     民法と税法での相違点。
     遺産分割が長期化した場合に、相続税に関連して相続人がなすべきこと。
     遺留分の減殺によって相続税額が減少した者は、何ヶ月以内に何をすべきか。逆に取得する側は。
     保証債務は課税価格から控除されるか。原則と例外の要件。
     遺言書と異なる遺産分割、遺産分割のやり直しでの注意点。

     今日の研修を踏まえ、相続税の注意点に関しては何らかの形でまとめておこうと思いました。見落としたときが怖すぎます。
     とりあえず、参考文献に挙げられていた本をAmazonで注文しました。今度の連休はこれで勉強しよう。

    グリーフケア・アドバイザー2級認定講座を修了(後編)
     引き続き、グリーフケア・アドバイザー2級認定講座の話です。

     講座の会場は、司法試験の予備校としても有名な伊藤塾の渋谷校。2級の講座は10時半から4時まで、1日で講義を行います。
     参加者の数は150~160名くらいで、年齢層はばらついており、男女比は3対7くらいでしょうか。参加者の持参していた本などからして、どうやら看護に従事している方が多いようでした。北は北海道、南は大分・熊本からこの日のために東京まで受講しに来たというのですから、参加者の熱意のほどを感じます。
     なおこの講座はインターネットで申し込みを受け付けているのですが、申し込み開始時刻の30分後には既に定員が埋まり、自分はキャンセル待ちで参加することができたことを思い出しました。

     全4講で、そのうち2講は日本グリーフケア協会会長・宮林幸江先生(自治医科大学看護学部教授)による「グリーフの知識と実践」、1講は同協会理事の関本昭治医師によるグリーフの歴史、残る1講が萱津公子先生(長野大学社会福祉学部教授)による「悲嘆とプロセスの理解」。
     この講師陣のラインナップからも分かるとおり、いずれも学術的な裏付けのあるお話しばかりです。過去に受講してきた某民間資格(なんちゃらカウンセラー)とかの講師は、思えば適当なことをペラペラと喋っていたなと改めて思いました。

     今回の講義では、いずれの先生方も配偶者など大事な方をを亡くされたご自身の経験を踏まえ、専門性が高いところを初学者向けにかいつまんでお話しされていました。

     特に重要な点として宮林先生が強調されていたのが、「日本人の悲嘆の4つの反応」。
     ここで特に「日本人」に限定する理由は、例えば隣国の韓国の葬儀では我々の感覚からすればオーバーなくらい号泣することで悲嘆を表現したりなど、国民性によって悲嘆の現れ方が異なるからなんだそうです。

     では、日本人にはどのような悲嘆が現れるのか。

     第1に「思慕と空虚」。
     ふとしたときに故人を思い出したり、無意識に思い出が蘇り、虚しさを感じる。そのような心の動きです。いないはずの故人の存在感を感じる「ちらつき反応」、故人の生い立ちや学校や職場での言動を尋ねて回る「探索行動」もこれに分類されます。

     この話を聞いて、私は『さよならもいわずに』 (上野顕太郎、ビームコミックス)という漫画のエピソードを思い出しました。妻が急死した作者の実体験を漫画にした作品なのですが、作者は知り合う前の妻が写っている写真を求め、出身校を訪問する場面が出てきます。まさにこの「探索行動」です。
     それと、山崎まさよしの曲『One more time, One more chance』の中の「いつでも捜しているよ どっかに君の姿を」というフレーズもこれでしょうね。「いるはずもない」ことは頭では理解しながら、心が無意識に反応してしまう状態。

     悲嘆の反応の2つめ、「疎外感」。周囲は幸せそうなのに、自分だけが取り残されている感覚。

     3つめに「うつ的な不調」。食欲の低下、不眠など健康を害する反応が生じるため、周囲の方は気にかける必要があります。
     
     最後の4つめは方向性が逆で、「適応・対処への努力」。死別から立ち直ろうとする心の動きです。それ自体はいいのですが、得てして焦りの感情から、「やり過ぎ」になってしまうこと。
     このとき周囲が気をつけないといけないことは、本人は精一杯頑張って、辛い気持ちを我慢しているところに、良かれと思い「頑張って」と言ってしまうこと。かえって反発を招いてしまうそうです。「頑張っていますね」と共感を示すことが望ましいそうです。

     このような心身の反応が起こることを知っておくだけでも有用なことだと思います。
     また、研究によると、悲嘆の反応は4年半くらいは続くようです。
     「4年半」。東日本大震災から、この9月11日で4年半が過ぎたことが脳裏をよぎりました。この講座を主催する協会も、震災後に名取市の仮設住宅でグリーフケアの支援活動をされてきたそうです。

     そして、ケアの方法としては「傾聴と共感」。
     か…環境を整え、き…聴く、く…詳しい方法を伝えるなどグリーフケア実践の「かきくけこ」や、ポイントなどが解説されました。


     ところで、講師の宮林先生と名刺交換をさせていただく機会があったのですが、その際、「以前に仙台の弁護士で鈴木先生という方が受講されていました」とうかがいました。
     鈴木姓はけっこういますが、あたりをつけて「鈴木覚先生ですか?」と尋ねるところビンゴ。「『必要なんです』と仰られていました」とのことです。私がようやく一端を知るようになったグリーフケア、既に理解していらっしゃる先生がいたのはちょっと嬉しいですね。

     ゆっくりお話しできる時間がなかったのでほんのご挨拶程度で失礼させていただきましたが、実に有意義な講座だったと思います。大変勉強になりました。
     講師の皆様に御礼を申し上げます。
    グリーフケア・アドバイザー2級認定講座を修了(前編)
     去る9月12日に東京まで出かけ、第15回グリーフケア・アドバイザー2級認定講座を受講してきました。

     この「グリーフケア」という言葉、あまり耳慣れないかと思います。
     グリーフ(悲嘆)とは、愛着のある重要な対象を喪失したときに、心身に現れる反応のことをいいます。大事な家族を亡くした後、ふとした瞬間に思い出して涙が出たり、周囲からの疎外感を感じたり、うつ状態になったりすることは見聞きされたことがあるかと思います。
     死別を経験した人は誰しもが悲嘆を消化して立ち直りをしていくのですが、それは大変な心身の消耗を要する作業になります。そこに援助の手を差し伸べようというのが、このグリーフケアという考えになります。

     この講座を受講してみようと思ったきっかけは、やはり昨年に祖母を亡くしたことが大きかったかと思います。震災の前日に気仙沼にいた話や、それを期に相続問題に主に取り組んでみようと思った話は前にもこのブログで書きましたが、「相続カウンセラー」「終活カウンセラー」などの民間資格を受講したり、FPの勉強をしたりしながら、何か物足りなさを感じていました。

     この物足りなさの手がかりが、「心」に関するものだろうということは薄々感づいていました。
     一昨年から、一般社団法人あんしん生活工房さんが主催するセミナーで講師の一人を務めさせていただいていたのですが、その時に他の講師である渡邉義之先生(顧客満足度が高いことで評判の行政書士)の話がとても印象的でした。それは、相続問題に取り組むに当たって重要な3要素である「想・公・手(心情への配慮・法律知識・実務の運用や手段)」という話で、知識だけではない、心についての何かが必要なのだろうという漠然とした考えを持っていたところです。

     その後、終活関連で知り合った方が「グリーフケア・アドバイザー」という肩書きを有しているのを見て、それ何ですか?と聞いたところからグリーフケアという概念を知ることとなりました。
     興味を持って調べているうちに、実に単純なことなのですが、目から鱗が落ちる発見がありました。

     ああそうか、相続の事件の相談者は、みんな「遺族」なんだ、と。
     大事な家族を亡くして心が大変なのに、さらに相続の問題で苦しんでいるんだと。
     なぜそのような単純なことにこれまで思い至らなかったのか。

     もちろん、弁護士が他人の人生まで背負ってしまってはパンクするので、依頼者への同情や共感には線引きをしなくてはならないという考えは当然ですし、法律家である以上、どんな生の事案も要点を拾い出し抽象化して、法律要件に照らして考える作業をしなくてはならないのも当たり前のこと。
     しかし、自分はあまりに要点のみにこだわりすぎて、機械的な対応しかしていなかったのではないか。

     そのような思いから、これは勉強する価値があると思い、受講することを決めました。

     講座の様子などは、また後日。
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