競売不動産取扱主任者「登録講習」のご案内
     趣味10割、実益0割でいろいろな資格を持っていると、試験の合格後にセミナーや勉強会を受けませんかという案内が来ます。
     今の大学生には履歴書を飾るために簿記やら宅建やらを頑張る人もいるそうですが、私は別に強迫観念から資格試験を受けている訳ではありません。資格商法の餌食になっているつもりもないのですが、お布施を払うことに喜びを感じる方もいるから資格商法も成り立つのでしょう。

     こちらは資格商法とはいいませんが、先日、競売不動産取扱主任者の登録講習を受けませんかという案内が届きました。東京まで講習を受けに行って、3万2400円を払って主任者登録をしませんか、と。いや、そもそも自分は不動産業じゃないし。
     さらには有料セミナーのチラシに、団体加入のご案内チラシも同封されてました。この団体に加入すると、特典として弁護士をご紹介しますとのこと。

     一応、弁護士はここにいるので間に合ってます。
    依頼者と連絡が取れない・・・
     今年に入って既に2件、依頼者と連絡が取れない事態が生じています。

     といっても行方不明ではなく、風邪でダウンしているとの連絡があったため、こちらからも連絡を取りづらい状況。寝ているところを起こしてしまうのもなかなか申し訳ないですし。

     かつての債務整理ブームのころは実際に連絡が取れなくなった方もいましたが、最近はそのような例あまりないですね。

     また何年か前のことですが、国選で被告人が在宅(勾留されていない)の事件を担当した際、弁護方針を打ち合わせたいので一度事務所に来て欲しいという手紙を無視され、何回携帯に電話してもつながらず、裁判当日になり裁判所で初めて被告人と会うことになった案件がありました。
     どうやらその被告人は、弁護人との打ち合わせが不要だと勝手に考えていたようですが、被告人質問では「刑事裁判にかけられたという事実の意味を分かっているのか。世の中をなめているのではないか。」と私の側から検察官のように厳しく追及しました。弁護人の仕事は甘やかすことではないのです。
    【祝】八木山動物公園50周年
     本年も八木山動物公園オフィシャルサポーターの村上です。

     さて動物公園からはいつも会報や動物のハガキを送っていただいているのですが、そこに「開園50周年」との文字がありました。50周年、おめでとうございます。

     仙台の動物園の歴史を紐解くと、1936年に初めての動物園である「仙台市動物園」が現在の青葉区の評定河原に開園しました。その後、空襲のため45年に閉園を余儀なくされます。
     なお、とある郷土史の本によると、戦時中に動物園にいた象について「行方不明」になったという悲しい話が伝わっています。
     その後1957年現在の交通公園がある三居沢に新しい動物園が開園。これが65年に八木山に引っ越し、八木山動物公園がオープンしました。

     ちなみにべに~らんどの園長ブログによると、東北工大が八木山に開学したのは64年、八木山ベニーランドが68年のオープンなんだそうです。

     今年12月にはいよいよ地下鉄東西線の「八木山動物公園駅」が誕生。これで行楽シーズンの渋滞がいくらかでも解消されれば・・・
     これからも同園には仙台市民の心のオアシスとして、ますますの発展を願ってやみません。
    2014年は、何かと佐藤昭雄先生を思い出す年でした
     昨年に祖母が亡くなり喪中だったため、新年のご挨拶は遠慮させていただきました。年賀状をいただいた皆様には申し訳ありません。
     今年も変わらぬご愛顧のほどお願い申し上げます。

     さて、私にとって昨年は、何かと佐藤昭雄先生(元仙台弁護士会会長。平成13年ご逝去)を思い出す年でした。とは言っても、もちろん弁護士としてのご活躍を間近で見たことはなく、私にとって昭雄先生は仙台弁でいうところの「おんちゃん」、親戚のおじさんでした。子どもの頃から正月などには、昭雄先生のお宅をお邪魔してご挨拶をさせていただき、頭をなでていただいたものです。
     昭雄先生は親しみやすい性格の方でしたが、子供心にはやや畏れを感じることもありました。今思えばそれは、ご本人の体格の良さに私がおののいただけではなく、働きながら司法試験に受かったという積み上げてきた苦労や人格、その圧倒的な存在感を、子どもの私が敏感に感じたからではないかという気もします。

     その昭雄先生のご長男で、私のことを子どもの頃から可愛がってくださった達雄さんが昨年8月、58歳という若さでこの世を去られました。お父様譲りの大変な人格者で、決して悪く言う人はいない方でした。
     お線香を上げにお宅を訪問したのですが、その際、飾られていた昭雄先生の写真を目にしました。かつて感じた畏敬の念が、十数年ぶりに胸に湧き上がってくる思いでした。

     また、昨年11月には祖母が亡くなり、先日、祖父母宅で古い写真の数々を目にする機会があったのですが、その中に昭雄先生の司法修習時代の集合写真がありました。とても若い顔かたちでしたが、確かに晩年の面影がありました。

     そのような訳で、昨年は事あるごとに昭雄先生の写真を目にし、その存在を思い出す年になりました。
     あるいは、これは何かの啓示なのかもしれません。例えば、弁護士としてのあるべき姿を見失いつつあるのではないか、という先生からの戒めではないだろうか。
     そんなことを考えていた年末年始でした。
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