映画「武士の家計簿」
     おはようございます。弁護士の村上匠です。
     昨日、父から誘われ映画「武士の家計簿」を観に行きました。父は何事も人を巻き込み、自分ひとりではやらない人なので私を誘ったのだと思います。普段なら断るところですが、私自身大学院時代に3年ほど石川県の金沢に住んだことがあり、加賀藩が舞台の話だというので興味があり、行くことにしました。
     
     代々、今でいう経理係として加賀藩に勤めてきた家系の猪山家。そろばんバカと言われるほどの主人公が、経理の不正を暴き、多額の借金を抱えた家計を立て直すため質素倹約に励む。また幼い息子にもそろばんを叩き込むが、父と子の葛藤と和解が描かれる・・・という一種のホームドラマでした。当時の武士の生活や風習を描き、同じセリフを違うシチュエーションで言わせて笑いを誘うコメディの要素もあり、母の子を思う情で泣かせ、見所のある映画だったと思います。

     ちなみに私は、父から法律についてスパルタ教育を受けるようなことは一切ありませんでした(;´▽`)
     あんな映画のような教育を受けてたら、逆にグレたでしょうね。

     さてこの映画、加賀藩や金沢の街に対する予備知識がなくても全く問題なく観られますが、今年の金沢検定の初級を61点で不合格になった私が、気になったシーン・セリフを勝手に解説します。

     赤く塗った門・・・中村雅俊演じる信之が自慢話をする、赤く塗った門。東京大学のシンボルである赤門は、もともと加賀藩前田家上屋敷の門でした。

     犀川(さいがわ)・浅野川・・・金沢市内を流れる二つの川です。拾った四文銭を子供に捨てさせにいった犀川ですが、現在は護岸工事がされており、映画にでてきたような場所は残ってないのでは。お城と城門は、本物の金沢城のものですね。

     「ひもじいわいや、米くれわいや」と農民がデモ行進するシーン・・・「泣き一揆」と言われる、実際にあった事件です。金沢城近くの山から、困窮にあえぐ農民たちが米をくれと叫び、米を供出させることに成功しました。「一揆」とは言いながら、打ち壊しがなかった点も特筆に値すると思います。平和的な手段というところが、加賀藩的というか。

     「にらみ鯛」・・・仙台ではない風習です。調べたところ、京都から北陸にかけて、鯛の塩焼きを元日に用意して三が日は手をつけず(にらむだけ)4日になって、食べるという風習があるそうです。なお、金沢で「にらみ鯛」というと、通常は「鯛の唐蒸し」(おからを鯛に詰めた料理で、2匹の頭を向かいあわせに並べる)を言うと思いますが、映画の「にらみ鯛」は塩焼きの方のようですね。

     幕末の頃の加賀藩の中立スタンス・・・「煙とともに蚊が(加賀)逃げた」というセリフがあります。これは私自身の勝手な分析ですが、おそらく藩祖・前田利家からの家風というか、加賀藩には百万石を維持するために造反の動きをなるべく見せず、うまく立ち回ろうとする気質があるんです。例えば、関ヶ原の戦いのときでも、利家の長男・前田利長は東軍にこそついてはいるのですが、関が原の合戦中は現在の石川県内での戦いに明け暮れ、関ヶ原には行っていません。さらにその弟・利政は、何らかの理由で兵を動かさずにいました。一説には、豊臣側に忠誠を誓っていたからとも言われています。
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